今回取り上げるのは、2月19日に発売した『パラノマサイト FILE38 伊勢人魚物語』。
結論から言うと、このゲームは間違いなく「神ゲー」でした。中盤から終盤にかけての怒涛の展開には、睡眠時間を削ってでも先が見たくなるほどのめり込みました。
……そう、最後の最後で、4時間もの間進行不能になり、画面の前で「スン…」と真顔になるまでは。
この記事では、私がどれほどこの作品に熱狂したのか。そして、最後にどんな悲劇に見舞われ、急激に熱が冷めてしまったのかを赤裸々に語ります。
時間がないゲーマーにとって、ゲームにおける「テンポ」がいかに重要な要素であるか、というお話でもあります。
本記事は『パラノマサイト FILE38 伊勢人魚物語』のエンディングや根幹の謎に関するネタバレを含みます。未クリアの方は、絶対にこの先を読まないでください。
序盤の点が線で繋がる快感!間違いなく「神ゲー」だった
前作超えの不安からの手のひら返し!一世一代の勝負開始から脳汁が溢れた
正直、序盤は少しだけ気だるさを感じていました。伝承や郷土史の知識が一気に詰め込まれるため、座学パートが長いな…と。
もちろん、前作でも同じように膨大な資料を読み込む必要がありました。
それを読み込んだからこそ得られる点と点が繋がる快感こそが、私の中で前作を神ゲーたらしめていたポイントでした。
しかし、今作は序盤に大きな展開もないため、どうしても座学が長く感じてしまい、
次第に私の中で「ゲームの2作目は1作目を超えられない」というジンクスがちらつき始め、若干不安になりかけていたんですよね。
(キャラクターは個性的で良いし、会話もコミカルで見ていて小気味良いんだけど、それでもどうしても前作よりは物足りなさも感じてしまい…。)
そう言っているのも束の間。あの瞬間が訪れます。
亀島で同時に2つの悲劇が起き、無情なバッドエンドを迎えた……と同時に情報が出揃った絶好のタイミングでの案内人登場。そして告げられるセリフ。


いやはや脳汁が溢れましたよ。
ここで流れる神BGMのタイミングも相まって、興奮は最高潮。
ここから怒涛の展開で、エンディングまで止まらず駆け抜けた人は、私以外にもいるのでは?
それまでの「今作、本当に大丈夫か?」という不安は全くの杞憂だったわけです。
ストーリーと伏線の組み立て方が粋すぎる
複数の人物の視点で物語が進む中、ある人物のストーリーを進めることで、他の人物の視点では見えなかった背景や思惑が浮かび上がってきます。
「あの時のあれは、こういうことだったのか!」と驚かされる瞬間は、まさに快感。
これは前作から変わらない、本作の魅力の一つです。
その上で、今作でも「なるほど!」と思わせる手腕は見事に健在でした。
テキストを読み進めていく中で感じる「なんとなくの違和感」も、後からしっかり回収してくれます。
例えば、中盤から多くのプレイヤーが思ったであろう、勇佐と里のぎくしゃくした感じ。
物語を進めるうちに、二人には共通の目的があり、あえて周囲にそのように見せていたのだとわかります。
こういった細かい描写が要所に散りばめられていて、都度唸らされました。
他にも地味に痺れたのが、結命子の正体の明かし方。
会話の中では語らず、しれっと「資料上で語る」という粋なテクニック。
プレイヤー自身に読ませて明かすセンスの良さには、ただただ感服しました。
そして迎えた最終盤の謎解き。待ち受けていた「4時間の泥沼」
このまま最高のエンディングを見届けるつもり満々だった私を待ち受けていたのは、グッドエンド条件の謎解きパート。
これまでの謎解きパートも難なくこなしてきた私には、「まぁいけるだろう」と思っていました。

まさかここで4時間にも及ぶ完全な進行不能状態に陥るとは…。
仏壇の棚を延々と開け閉めする妖怪
まず詰まったのは「人魚の過去の記憶」を探すパート。
まだ「人魚の過去の記憶」の存在を知らない私は、
里編で「玉手箱」を入手した後、水口家にある「あからさまに様子のおかしい仏壇の棚」をひたすら開けたり閉めたりしていました。

いやだって、棚の中の「謎のウロコ」はどう見ても重要アイテムだし、ここでイベントが起こらないと何もせずに水口家から立ち去ることになるのよ…。
結局、何の糸口も見つけられず、私は案内人にすがりつくことに。
そこで、自身の記憶のどこかに「人魚の過去の記憶」が残されている旨のヒントを得ます。
ここで、前作のギミックを思い出して「記憶=セーブデータ」と紐付けられれば良かったのですが、悲しいかな、完全に忘却の彼方でした。
「記憶ってことは……メニューの『資料』のどこかに記述がある?」と思い込んだ私は、そこから膨大な資料の中にヒントが隠されていないか漁り続けたのでした…。
結局、ロード画面にあるデータに気づけたのは、1時間ほど経ってから。
案内人のヒントに頼ったとはいえ、自力でそのギミックに辿り着いた瞬間は、良くも悪くも鳥肌が立ちました。
(良い意味ではそのギミックの秀逸さに、悪い意味ではロード時の演出の不気味さに)

余談ですが、今回本作をSwitch2でプレイしました。
Switchにはスリープ機能が備わっているため、私は基本的にゲームを完全に終了させることがありません。
仮にゲームを終了させても、ゲーム起動後のタイトル画面で「ゲームスタート」を選択すると、最新のデータが直接ロードされます。そのため、ロード画面自体を開く機会が滅多にないのです。
その盲点を突き、あえてそこに隠しメッセージを潜ませるメタ的な仕掛けには感心しました。
人魚を探すために聖域に通い続ける妖怪
次に詰まったのは人魚の「戯(そばえ)」を探すパート。
ようやく水口家で里が玉手箱の中に謎のウロコを入れてくれたことで、人魚を呼び出すための合図を入手したわけですが…。(ちなみに、思念のメッセージはたまたま見つけた)
問題はどこでその合図を送るのか。
ここで再度ハマった私は、聖域に居座り、ライトを点けたり消したり、考えたり、あげくの果てには叫んだりと、ありとあらゆる奇行を繰り返しました。

結局、自力での解決を諦めて、再度案内人にすがりつくことになります。
ただ、今度は案内人のヒントの出し方が絶妙で、すぐに「タイトル画面」の人魚のことだと閃きました。

ここのギミックと演出は、本当に「憎い」の一言に尽きます。
このゲームを始めた(タイトル画面を開いた)時点で、プレイヤーはすでに霊体となった水口勇佐であり、常世の龍宮にいたわけです。
そして、「ゲームスタート」を選択すると同時に、現世へのゲートへ飛び込むと。
この設定の回収には、思わずゾクッとさせられました。
そして訪れる、最大にして最悪の泥沼
ようやく戯との対話に漕ぎ着けたのも束の間、そこで突きつけられたのは
「プレーヤー自身が何者なのか」を答えるというものでした。
ここで私は、自分自身にハメられることになります。
実は私、入力2回目の時点で、正解の名前「ゆうざ」と打ったつもりでした。
(ちなみに1回目は「似(まれ)」。戯との記憶が残っていたり、合図も戯が似に対して教えたものだったので、「霊体となった似=プレイヤー」なのかなと推測した)
そう…つもりだったんです。
ところが、無情にも弾かれる画面。なぜか?
………。
入力内容を誤っていました。
(動画を撮っていたので、後から確認して発覚)
そのことに気づいていない私は、「え、勇佐じゃないんだ」と完全に誤認。そこから、全資料をひっくり返す「地獄のローラー作戦」が幕を開けたのです。
案内人からヒントを貰った「結命子との内緒話」を親の顔より見直し、ストーリーチャートをあちこち行ったり来たり。
「もう攻略サイト見ちゃいなよ…。」と悪魔が囁いていましたが、この神ゲーの結末を他人の力で迎えるわけにはいかない。私はゲーマーのプライドをかけて2時間ほど戦い続けました。
最終的に取った行動は、「資料から可能性のありそうな名前を見つけては、片っ端から入力しまくる」という血みどろの人海戦術です。
「この一文は怪しい…!」と、一人で勝手に壮大な考察をくり広げ、迷走に迷走を重ねていました。
訪れる賢者タイム。攻略サイトに書かれていたのは「シンプルな正解」
苦闘の末ついに限界を感じ、私は結局攻略サイトを解禁しました。
そこで目にしたのは、衝撃の「みなくちゆうざ」という記述でした。
2回目入力時に誤入力していたことを知らない私は、
「……え、やっぱり合ってたの? っていうか、最後だけフルネームじゃないとダメなんだ…。」
という気持ち(勘違い)と、散々考察をした結果がこんなにシンプルな答えだったことに膝から崩れ落ちました。
また、この時私はまだ「プレイヤー=水口勇佐」だとわかるような明確な描写は作中で発見できていませんでした。
それに、いくら霊体だとしても「複数人の意識をチャートで行き来できる能力」の根拠がわからず、設定としてあまりしっくりきていなかったんです。
そんなモヤモヤの中で迎えたグッドエンディングは、謎解きの疲れも相まって、あれだけ熱狂していた熱量はどこへやら。少し冷めたような状態で見届けることになってしまったのです。

物語の「熱量」を維持したままエンディングを迎えられず、悔しさが残った
今回の『パラノマサイト FILE38 伊勢人魚物語』は、間違いなく一級品のシナリオと演出を備えた名作でした。それだけに、私が最後の最後で「スン…」と冷めてしまった体験は、非常に複雑で、かつ示唆に富むものでした。
もちろん、冷静に振り返れば、4時間もの泥沼にハマった原因の半分(あるいはそれ以上)は、私自身の「入力ミス」という初歩的な失態にあります。
動画を見返して自分のミスを突きつけられた瞬間、情けなさで天を仰いだのは紛れもない事実です。
しかし、それを差し引いても、終盤の謎解きはあまりにも難解すぎました。
一筋縄ではいかない仕掛けが連続したことで、物語の熱狂は次第に「謎解きの作業感」に上書きされていきました。たとえ勇佐の名前をスムーズに入力できていたとしても、この一連のテンポの悪さは、私の没入感を少なからず削いでいたはずです。
その結果、本来なら達成感を味わうはずだったエンディングにおいて、当時の私は物足りなく感じてしまうほどに、精神的に摩耗してしまったのだと思います。
作品そのもののクオリティとは無関係なところで、プレイヤーとしての「達成感」が「徒労感」に上書きされてしまった。
これは、謎解きアドベンチャーというジャンルの難しさでもあります。
同時に、「一度の大きな停滞が、いかに容易にプレイヤーの熱狂を冷めさせてしまうか」という導線の危うさを、身をもって知る体験となりました。
おまけ:いまだ残る「違和感」を自分なりに成仏させる考察
記事にしたかった内容は以上なのですが…。
正直に言うと、ラストの謎解きの答えが「水口勇佐」であったことへの納得感は、完全には得られていないままです。
このまま「冷めた」という結論で終わらせるには、神ゲーだっただけに私自身が許せない。
そこで、そんな思いを成仏させるために改めてシナリオを振り返り、作中のヒントを整理します。
自身が「霊体」である手がかり
志貴結命子のエピソード「二見浦の調査」にて、双奴が井出に対して放ったこの一言。
「霊が誰かに取り憑いたとしても、できるとしたらせいぜい、当人の意思で行ってもおかしくない行動から特定の選択を促すこと」

これは、実際にプレイヤーによって作中の人物の行動が変わっていることから、自身が「霊体」であることが推測できます。


また、志貴結命子のエピソード「憧れ」では、
龍宮へ行く方法を尋ねるアヴィに対して、彼女はこう答えています。
「常世は生身の人間は絶対に立ち入れない場所だからね…それこそ死人でもなきゃ無理だろうさ。」


前述の通り、本作のタイトル画面は龍宮(常世)です。そこへ自由に行き来できているプレイヤーは、この理屈に従えば「死人と同等の存在(=霊体)」であるというわけです。
なぜその霊体が「水口勇佐」なのか
では、なぜその霊体が「水口勇佐」と言えるのか。
まずは、案内人のヒントにもあった、水口勇佐のエピソード「聖域へ」の「結命子との内緒話」より、
八百命寿が首を断たれた際の蘇生方法について尋ねる勇佐に対し、結命子がこう推測しています。
「身体から切断された場合、本体以外の部位は蘇生の際に消滅するから、頭部にあった意識もその部位と一緒に消滅するんじゃないかね…?たぶん。」

実際に、水口勇佐のエピソード「約束の時間」で、勇佐の頭部が切断されるシーンを見返すと、プレイヤーの視界(意識)は「切断された頭部側」としてフェードアウトしていきます。
つまり、本体から切り離され、本来消滅するかもしれなかった「頭部側の意識」こそが、プレイヤーの正体である裏付けになっています。
正直、これだけでも水口勇佐である理由になり得るのかもしれませんが、もう少し深掘ってみます。
勇佐が素潜り漁をしている時に出会った「トモカヅキ」。
勇佐はそのトモカヅキを「おれと似た姿の亡霊」と言っています。
トモカヅキは「自分と同じ姿をしたもう一人の自分が現れる」という伝承です。そのため、勇佐が遭遇した亡霊が彼に似ていたのも、単に「そのとき素潜りしたのが勇佐だったから」だと解釈してしまいがちです。
しかし、それはミスリードで、トモカヅキの現象についてはのちに双奴によって否定されています。

そうなると、海底で遭遇した相手が勇佐本人だったかはここではわからないにしても、勇佐の姿をしている「別の理由」があったことになります。
くわえて、結命子やアヴィからも、自身の意思とは異なる選択を促してきた存在は「勇佐の雰囲気に似ていた」旨の発言をしています。


アヴィに至っては、その世界線では初めて勇佐に出会った場面でそのように発言しているので、やはりプレイヤーは勇佐に近い存在だったことが推測できます。
そして、極めつけは、勇佐がトモカヅキに遭遇したシーンに再度戻ります。
素潜り中にトモカヅキに出会ったタイミングで、おなじみの曲と共にオープニングクレジットが流れるわけですが、
ここの映像に注目すると「亀島の惨劇」のシーンだということがわかります。


そして、勇佐の頭部が切断されたシーンを最後に、「ザザッ」という音と共に映像が途切れるようにクレジットが終了します。
これは、プレイヤーである勇佐が「消滅する直前の記憶」を、過去の勇佐へと伝えている場面だったのだと解釈できます。
以上の情報から、「プレイヤー=水口勇佐」であるとほぼ断定できるのではないでしょうか。
「自分なりの神ゲー」として、最高の完結へ
ここまで情報を整理してみて、ようやく私の心も「成仏」の兆しが見えてきました。
残念ながら、なぜ霊体になるとチャートを縦横無尽に飛び回れるのか、その能力の根拠までは、明確な答えを見つけることはできませんでした。
前作をプレイしていれば「察し」がつく部分なのかもしれませんが、本作においては、ある種「そういうもの」として受け入れるしかないのかもしれません。
しかし、こうして伏線を繋ぎ合わせてみると、あのラストの答えは決して唐突なものではなく、物語の最初から割と大胆に提示されていた真実だったのだと気づかされます。
謎解きに阻まれ、自分のミスで4時間を無駄にし、一度は「スン……」と冷めきってしまった私の心。
しかし、こうして自力でピースを拾い集めたことで、ようやく本作を「自分なりの神ゲー」として完結させることができそうです。
もし、他にもプレイヤーの核心に迫る情報や、「ここを見落としてるぞ!」という発見をされた方がいれば、ぜひわたくしめにこっそり教えてください…。
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