期待の新作ソフトに7000円。
ダウンロードが終わるのをワクワクして待って、いざ起動。
でも、開始5分でふと我に返る。「……あれ、なんかめんどくさいかも」
そのままそっと電源を落として、二度と起動されないアイコンがまたひとつ増える。
「せっかく買ったのにもったいない」「昔みたいに熱中できない自分が嫌になる」なんて、自分を責めていませんか?
でもそれ、あなたが悪いんじゃなくて、ゲーム側の「おもてなし」が足りてないだけかもしれません。
私たち大人の時間は、学生の頃とは比べものにならないくらい貴重。
仕事でクタクタになった脳みそに、不親切な説明や読みにくい文字を流し込まれたら、拒絶反応が出るのは当たり前なんですよね。
「5分で違和感を覚えたなら、それはやめるべき合図」。
私はこれを、自分を守るための立派な防衛本能だと思っています。
この記事では、私が実際に「これは無理だ」と判断したポイントを分解して解説します。
これを読めば、もう面白くないゲームに義理立てして、貴重な週末をとかすことがなくなるかもしれません。
「文字が小さい」「画面が見づらい」は、我慢しなくていいストレス
ゲームを起動して、タイトル画面から「NEW GAME」を選んだ瞬間。 ここで「あれ、なんか見にくいな」と違和感を覚えること、ありませんか?
グラフィックが綺麗なのは素晴らしいことですが、情報を詰め込みすぎて画面がごちゃごちゃしていたり、メニューを開くたびに少し待たされたり。 こういう「レスポンスの悪さ」や「視認性の低さ」を感じた時点で、そのゲームとは少し相性が悪いのかもしれません。 これから何十時間もその画面と向き合うわけですから、最初の直感は大切にするべきです。
オプション画面は、快適な旅の準備室
私が最初に必ずチェックするのが、オプション(設定)画面です。 項目が多ければいいというわけではありませんが、やはり自分好みに調整できるかは大事なポイントです。
たとえば「カメラの回転速度」や「文字の大きさ」。 ここが調整できなかったり、どこに何があるか分かりにくかったりすると、プレイ中にずっと小さなストレスを感じることになります。 メニュー画面の操作がスムーズでないと、気持ちが途切れてしまうんですよね。
字幕の文字サイズと、リビングの距離感
海外の大作ゲームなどでよくあるのが、「字幕がおしゃれだけど小さい」という悩みです。 映画のような雰囲気を重視しているのは分かるのですが、私たちはパソコンのモニターに顔を近づけているとは限りません。
リビングのソファに座って、少し離れたテレビ画面で遊ぶことも多いですよね。 ストーリーを追うために目を細めて、眉間にシワを寄せながら文字を読む。 これでは、せっかくのリラックスタイムが台無しになってしまいます。
開始5分で目が疲れてしまうなら、それは「今の自分の環境には合わなかった」と判断してもいいと思うんです。
指が覚えている操作との「ズレ」
「×ボタンで決定」「○ボタンでキャンセル」。 最近は統一されつつありますが、まだ独自の操作方法を求めてくるゲームもあります。
これまで遊んできたゲームで染みついた手癖というのは、なかなか変えられないものです。 とっさの時に押し間違えてしまったり、メニューを閉じるつもりが開いてしまったり。 慣れるまで我慢するのもひとつの手ですが、操作に気を取られすぎてゲームの世界に入り込めないなら、無理をする必要はありません。
直感的に動かせるかどうかは、私たちが思っている以上に「楽しさ」に直結しています。
以前、某洋ゲー(RPG)をプレイした時に、オプション画面の情報量が多すぎて、「覚えることが沢山あるんだな…」と思い、それ以降なんとなく起動しなくなったことがあります。
丁寧すぎるチュートリアルが、逆に「遊び」の邪魔をする
ゲームを始めた直後、一番ワクワクしている時間帯ですよね。 「どんな冒険が待っているんだろう」「早くこのキャラクターを動かしたい」 そんな高まる気持ちとは裏腹に、いつまで経っても自由に操作させてもらえない。
最近のゲームは本当に親切で、素晴らしい配慮がされています。 でも、その「親切」が、私たち大人のゲーマーにとっては、少しだけ窮屈に感じてしまうことがあるんです。
操作を覚えたいのに、テキストを読まされる矛盾
「まずは移動してみましょう」「次はカメラを動かしてみましょう」 ここまでは分かります。 でも、そのたびに画面が一時停止して、ポップアップのウィンドウで長い説明文が表示される。
「〇〇システムとは……」と、まだ使いもしない機能の説明まで始まったりして。 私たちは仕事でマニュアルを読むのには慣れていますが、遊びの時間にまで「勉強」はしたくないのが本音です。
操作方法は、遊びながら失敗して覚えていくほうが楽しいもの。 「説明は後でいいから、とりあえず触らせて!」と思ってしまうのは、決してワガママではないと思います。
「自由」と言いながら、一本道しか歩けないもどかしさ
広大なフィールド、自由な選択。 そんなキャッチコピーに惹かれて買ったのに、序盤はずっと「ここに行け」「あの人に話しかけろ」という指示に従うだけ。
寄り道しようとすると、「そっちはまだ行けません」と見えない壁に阻まれる。 これだと、ゲームをプレイしているというより、用意されたレールの上を歩かされているような気分になってしまいますよね。
もちろんストーリー上、必要な手順なのは理解できます。 ただ、その「やらされている感」が強すぎると、没入する前に気持ちがふっと現実に引き戻されてしまうんです。
スキップできないムービーに感じる「時間の壁」
平日の夜、やっと確保できた貴重な1時間。 さあ遊ぶぞ、と起動したのに、冒頭から20分近く続く長いムービーシーン。 しかも、スキップも一時停止もできない。
映画のような演出は素敵ですが、私たちが求めているのは「映像を見ること」ではなく「体験すること」です。 コントローラーを置いたまま画面を眺めているだけの時間が続くと、「あれ、今日ほとんど遊べなかったな」という不完全燃焼感が残ってしまいます。
自分のペースで進められないストレスは、意外と大きな負担になるものです。
自分はムービースキップさえあれば、例えムービーが長くても気にしないタイプだったのですが、最近はムービーの長いゲームが多すぎて、実際に操作できる時間とのバランスは重要だなと思い直しています…。
「10時間遊べば面白くなる」という言葉に、焦らなくていい
ネットのレビューやSNSを見ていると、こんな言葉を見かけませんか? 「序盤はちょっと退屈だけど、中盤から一気に神ゲーになるから頑張って!」
確かに、物語の伏線回収や、システムがすべて解放された後の楽しさはあると思います。 でも、そう言われると「今のつまらない時間を我慢しない自分は、楽しみを逃しているのかな?」と不安になってしまいますよね。
結論から言うと、その不安を感じる必要はまったくありません。 今の私たちにとって、面白くなるかどうかわからないまま過ごす時間は、あまりにも貴重すぎるからです。
10時間は、学生にとっての「半日」、私たちにとっての「半月」
学生時代なら、土曜日の午後を使えば10時間なんてあっという間でした。 でも、社会人になった今の私たちにとって、10時間を捻出するのは至難の業です。
平日の夜、寝る前の30分。週末の家族サービスが終わった後の1時間。 そうやってコツコツ積み上げた貴重な時間を、「いつか面白くなるはず」という期待だけで投資し続けるのは、精神的にもしんどいですよね。
もし10時間かけて面白くならなかったとき、戻ってくるものはありません。 だからこそ、開始直後の「楽しい!」「続きが気になる!」というワクワク感を、もっと優先していいと思うんです。
「合わない」という直感は、だいたい当たります
映画でも小説でも、冒頭の数分で「あ、これ好きだな」とか「ちょっと違うかも」って感じること、ありますよね。 ゲームもそれと同じで、相性というものが確実に存在します。
操作の手触り、キャラクターの話し方、世界観の雰囲気。 開始5分で感じる「なんとなく合わないな」という違和感は、何十時間プレイしても拭えないことが多いんです。
逆に、本当にあなたにとっての名作になるゲームは、タイトル画面の音楽や、最初のチュートリアルの時点で「これはすごいかも」と心を掴んでくるものです。 自分の直感をもっと信じてあげてください。
もちろん、例外はあるけれど…
「でも、我慢して続けた結果、人生最高のゲームに出会えた経験もあるよ」 そうおっしゃる方もいると思います。私もその経験自体は否定しませんし、スロースターターな名作があるのも事実です。
ただ、それは「時間に余裕があるとき」の楽しみ方かもしれません。 今の私たちが求めているのは、忙しい毎日の隙間時間を、確実な充実感で埋めてくれる体験ではないでしょうか。
世の中には星の数ほどゲームがあります。 最初から全力で楽しませてくれる作品が、必ず他にあります。 無理をして1つの作品にしがみつくよりも、次の「運命の1本」を探しに行くほうが、結果的に豊かなゲームライフになれると私は思っています。
5分でやめる勇気が、最高の1本に出会うための近道
ここまで、「開始5分でゲームをやめてもいい理由」についてお話ししてきました。
せっかくお金を出して買ったソフトを途中でやめるのって、どうしても「もったいない」という気持ちが湧いてきますよね。 でも、本当に一番もったいないのは、お金ではなく「あなたの貴重な時間」です。
文字が小さくて読みづらかったり、操作がおっくうだったり、チュートリアルが長すぎて眠くなったり。 そんな小さなストレスを抱えたままプレイし続けるには、私たち大人の毎日は少し忙しすぎます。
「合わないな」と感じてコントローラーを置くこと。 それは決して「挫折」ではありません。 自分の時間を守り、本当の楽しさを提供してくれる次の作品に出会うための、前向きな「選別」なんですよね。
世の中には、起動した瞬間に心を鷲掴みにされ、気づけば朝になっているような素晴らしいゲームが必ずあります。 そんな運命の1本に出会うためには、時には「見切りをつける」ことも大切なテクニックだと、私は思っています。
積みゲーが増えたっていいじゃないですか。 それはあなたが、自分の感覚に正直に生きている証拠なのですから。

